ロレックス

高級時計といえば、ロレックスの名が挙げられるぐらい世界中で有名なブランドです。

映画「007」シリーズでは、ジェームズ・ボンドはロレックス・オイスターを愛用しています。

1905年にロンドンにロレックスの前身であるウィルスドルフ&デイビス社を設立しました。

ロレックスは懐中時計が主流であった時代に腕時計に着目し、小型で高精度のムーヴメントを使用した時計を販売しました。

自動巻きの「パーペチュアル機構」や、日付が午前0時頃にすぐに進む「デイトジャスト機構」など世界初の機能を次々に発表し、話題になりました。

腕時計で初めてクロノメーターの認定を受け、実用的な機械式腕時計メーカーとして不動の地位を築きました。

ロレックスは技術・機能およびデザインの面のこだわりから、新製品を開発する際には5年もの年月を費やしています。

高品質なだけでなく、そのデザインの美しさは時代が変わっても愛され、アンティークのロレックスコレクションは、現在でもオークションなどで常に高値で取引されています。

また、ロレックスは高級時計としての知名度が高く、その価値が世界各国で通用することから、換金用として報道関係者といった外国渡航の多い人間に重宝がられる一面もあります。

カテゴリ | 腕時計ブランド

ルイヴィトン

ルイヴィトンは、人気の高さから多くのニセモノが出回りました。

コピー商品の流出を防止するために、世界で最初にモノグラム柄を用いたことで知られています。

モノグラムであるルイヴィトンの頭文字である「L」を「V」と花と星を組み合わせた模様は、2代目のジョルジョ・ヴィトンが考案しました。

フランスの文化と伝統を体現していることがその大きな特徴です。

ルイヴィトンは、王侯貴族をはじめとした、ハリウッドの人々やスーパーモデル、セレブリティ達にも人気が高いブランドです。

ルイヴィトンがパリ プレタポルテ・コレクションに参加した際に、それまでコレクション用の服を運ぶ入れ物を作っていたブランドが、服作りを始めたということで、当時は非常に話題になり、初コレクションから大好評でした。

豪華なイメージのありながら、ルイヴィトンの服作りのコンセプトは、「機能的」あるいは「実用的」。

近年発表された「エピ(麦の穂)」シリーズのコレクションは特に人気があります。

また、「ルイヴィトン・カップ」アメリカンズ・カップ・ヨット・レースのスポンサーになったのを記念した「チャレンジ」シリーズのスーツケースは最新の素材で作られていることで話題になりました。

1987年にはルイヴィトン社とモエ・ヘネシー社の合併により「LV モエヘネシーグループ」が成立し、世界でも指折りのファッション帝国を築き上げたことでも知られています。

ラルフローレン

日本のティーンエイジャーの間でラルフローレンは「ラルフ」と言われ、ポロシャツやソックスなどのカジュアルウエアが大流行していました。

今でこそ、セーターの胸にあるマークの柄は多様化しましたが、姿形はほとんど変わらず、「Polo」の人気はまだまだ衰えていません。

ラルフローレンは1939年、アメリカのニューヨークに生まれたデザイナーです。

ラルフローレン本人はマスコミに、たまにジーンズ姿で出てくるような、まじめで気さくそうな男性。

贅沢な素材を用いた4インチ幅のワイドタイ「POLO(ポロ)」のコレクションを発表したことがきっかけで話題になり、メンズウェアやレディスウェアを手がけました。

また、ラルフローレンはアメリカ人デザイナーとして初めてパリに路面店をオープンさせたことでも有名です。

映画「アニー・ホール」にてダイアン・キートンがラルフローレンを着て、「アニー・ホール・ルック」が流行りました。

アメリカン・トラッドに英国調のスタイルを取り入れた「アメリカン・ブリティッシュ・モデル」やカントリー調を得意としています。

ラルフローレンの素材を重視したクラッシックなラインは、根強いファンが多くブランドとして定着。

ファッション以外の多岐に渡ったラインアップでライフスタイル全般を提案しています。

カテゴリ | メンズブランド

マックスマーラ

マックスマーラは1951年に北イタリアのレッジオ・エミリアで、アキーレ・マラモッティが婦人服の製造・卸・小売型企業を設立しました。

イタリア最良の技術から生み出される上品で斬新な服マックスマーラは、「最高の」という意味の「Max」と名字の一部の「Mara」を組み合わせてブランド名とし、1着のコートと2着のジャケットでミラノコレクションに初参加し話題になりました。

現在、イタリア最大の婦人服メーカーであるマックスマーラは、ライフステージのすべてをカバーする5つのブランドラインを展開する複合企業となりました。

素材やフォルム等あらゆる側面で調和とコントラストのバランスを考え、着る人の個性を表現する提案しています。

プレタポルテブランドとして、世界のファッション界に君臨するマックスマーラは品質にこだわり、時代と年齢を超越したエレガントでコンテンポラリーなデザインは、世界中の女性を魅了し続けています。

マックスマーラは、仕事もプライベートも精力的に生き生きと行動し、女らしさも忘れない、クラシックなフォルムとコーディネーションをベースにした都会の女性イメージでです。

特にマックスマーラのコートは、質の良さと流行に左右されないベーシックで合わせやすい定番として1着は持っていたいアイテムです。

ミュウミュウ

ミュウミュウは1993年春夏にプラダが発表した姉妹ブランドで、ブランド名の由来は、ミウッチャ・プラダの幼少時代からのニックネームです。

ミュウミュウはプラダよりも若い層を対象としていて、コンセプトは「BAD GIRL」。

イノセントな女性がエレガントを装ってみるが、どことなく不完全になってしまっているイメージでデザインされました。

プラダより価格を抑え、カジュアルさを強調したブランドイメージで、ミュウミュウの洗練されたデザインは世界中で人気をよび、2006年からはパリコレクションに発表を始めました。

ミュウミュウのアイテムは、スタイリッシュで豊富なアイテムがファンを魅了して止みません。

ミュウミュウのプレタポルテはプラダのエレガンシーを踏襲しながら、よりカジュアルでキュートな印象を与えます。

遊び心のあふれ、エキゾティックな香りが漂う、ミュウミュウのシューズ コレクションは、1つ1つが特徴のあるデザインで、ビジネス用というよりは、オフの日のファッションにあわせて履きこなしたいアイテムです。

財布、バッグ、サンダルなどを中心に人気を集め、もはやプラダのセカンドラインというよりはミュウミュウという1つのブランドです。

ミジェーン

1990年に誕生して以来、渋谷のファッションビル109がギャル服のメッカになるにあたって大きな役割を果たしたブランドで女の子に人気のミジェーン。

流行に敏感な10代から20代の女の子はミジェーンのアイテムをおこずかいで手に入れやすい価格帯になっています。

ミジェーンは「エロ可愛い」をキーワードに、セクシーでグラマラスカジュアルな着心地の良いアイテムを展開しています。

ミジェーンは昼のリゾートシーンをイメージし、映画「ターザン」のジェーンがイメージモデルです。

裕福な家庭に育ったジェーンが、ある日ジャングルへ旅をして、野性のターザンと恋に落ち、新たな生活の中で美しさと健康、人間性と精神力を磨き上げていくというストーリーから、旅の中で様々な異文化に触れてファッションを楽しむというミジェーンスタイルを提案しています。

ミジェーンが昼のリゾートなのに対し、同ブランドは「MARS」という夜のリゾートシーンをイメージして姉妹ブランドを作りました。

これらのブランドの誕生の基本にあったのは「市場にばかりこだわらず、自分が本当に好きになれる服を作ろう」「着ることでワクワクしたり、ドキドキできる楽しい服にしたい」という気持ちだったといわれています。

マークジェイコブス

マークジェイコブスは、ニューヨークの生まれの最高にヒップなデザイナーです。

『ルイ・ヴィトン』初のプレタポルテを手がけたことでも知られています。

マークジェイコブスは15歳の時に才能を見出され、デザインの勉強を本格的に始めました。

卒業後には、「ペリー・エリス」でレディース部門の責任者となり、マークジェイコブスの発表した格子縞のシャツにフローラル・ドレス、アーミー・ブーツのグランジ・コレクションは、一大旋風を巻き起こし、「グランジの教祖」と呼ばれました。

ショーではパールジャムやニルヴァーナといった音楽の衝撃とノイズを、パターンとカラーで視覚的に表現しました。

コレクションは最高の出来でしたが、「ペリー・エリス」にとっては過激過ぎたようで不評でした。

1994年、31歳の誕生日に『マークジェイコブス』のブランドを立ち上げました。

ナオミ・キャンベルやリンダ・エヴァンジェリスタなどのスーパーモデルがノーギャラで出演し、大変な騒ぎとなりました。

マークジェイコブスのデザインした網タイツとミニスカートに、サテンのジャケットやアシッド・グリーンのラバーコートを合わせた、ヨーロッパ的なカラーとシルエットはポスト・グランジ・グラマーと呼ばれました。

マークジェイコブスの扱う商品には香水やサングラス、アクセサリーから靴など幅広く展開しています。

マウジー

マウジーは、カパルア、ココルル、エゴイストなどの人気ブランドでカリスマ販売員として活躍していた森本容子が2000年に若干23歳にして立ち上げたファッションブランドです。

マウジーのランドコンセプトは自分らしいライフスタイルとファッションを持ったパワフルな女性で、デザインのキーワードは、BE MY SELF(自分らしく)SEXY(魅力的)COOL(クール)です。

ホワイトをメインカラーにし、やわらかさを表現できるように、どこかにボリュームを持たせ、コンチョやデニム、綿素材を積極的に使用しています。

マウジーのデザインは、カッティングの技術が良く、シルエットが美しいのが特徴です。

カジュアルなのに迷彩柄でも大人の女性を感じさせるアイテムをプラスしたり、パンチの効いたレザーアイテムにシフォンをあわせるなど異素材の組み合わせで遊び心を演出しています。

マウジーのファッションは値段も手ごろで、メンズっぽい感じがするけれど、それが女らしさを引き出してくれると大人気です。

ファッション雑誌のELLE、non−no、ViViなどでも注目を集めています。

マウジーと言えばデニムが定番アイテムで、シワ、汚れのダメージが絶妙で、古着風の加工が、クール都会的で強さのあるアイテムとヴィンテージ感溢れる。

マウジーのデザインはシンプルでありながら、体のラインを美しく見せてくれるとファンが急増しています。

ベルサーチ

イタリアを代表するジャンニ・ベルサーチのデザインは一言で表現すると「豪華」です。

ベルサーチのブランドとしての台頭は1978年、独自のコレクションを発表し、ミラノにショップをオープンさせたことに始まります。

ベルサーチのファッションは個性の強い美しさを哲学にミラノの最高峰に君臨し、常にその強い個性とカッティングの美しさでファッションを創造し続けてきました。

パリで初のオートクチュール・コレクション「アトリエ・ベルサーチ」をホテル・リッツで発表した際、世界中で話題になりました。

1997年にジャンニ・ベルサーチはゲイのテロリストに射殺されました。

ジャンニ・ベルサーチに振り向いてもらえなかった腹いせに殺したと噂されていますが真相は定かでありません。

ベルサーチはのデザインはミラノモードの「3G(スリージー)」として、ジャンフランコ・フェレとジョルジオ・アルマーニと共に、1990年代のミラノのけん引役でした。

ポジティブかつアグレッシブでセクシーなベルサーチの作品は挑発的でドレッシーなアイテムが多く、個性の強いファッションです。

ベルサーチのファッションは、自信に満ちカリスマ性を持つ内面的魅力に溢れる人でないと似合わず、着こなす人を選びます。

ベルサーチに憧れるファンは世界中に多く居ます。

ポールスミス

ポール・スミスは1970年イギリスで24歳の時に「ポール・スミス・ショップ」をオープンさせました。

当初はマーガレット・ハウエルやケンゾーを扱っていましたが、徐々にポール・スミス自らのデザインしたアイテムを扱うようになりました。

現在、ポール・スミスの商品ラインナップとしてはオリジナルのメンズ&レディースウエアの他に、アンティークのアップ&ソーサー、自転車、テーブルウエア、花瓶、本、ジュエリーや文房具、椅子やクッションなど多岐に渡っています。

ポール・スミスのデザインはスタイリングや、素材で遊ぶことで面白さを表現しています。

また、ファッションのみにとどまらず、イギリスの自動車会社ローバー社とのコラボレーションでミニのデザインもしています。

ロンドンとパリで香水「ポール・スミス パルファン」を発表し話題になりました。

ポール・スミスは『サー』の称号で呼ばれるナイト爵位をエリザベス女王から授与されたことでも知られています。

自ら「ひねりのあるクラシック」と定義するその手法は、伝統的な技術と仕立てを継承しつつも、品質や着やすさに遊び心を加えた個性的なものとなっています。

ポール・スミスのメンズスーツは基本的には適度に遊びの入ったトラッドなデザインで人気があります。

カテゴリ | メンズブランド

ブルガリ

ブルガリは1884年、ソティリオ・ブルガリがローマで高級宝飾店として開業しました。

ソティリオはギリシャで代々銀細工師を務めてきた家系で、技術はブルガリ家の歴史の中でトップクラスだったといわれています。

20世紀初頭には、過去の技法の素晴らしさを受け継ぎながらそれらをモダンなデザインにして蘇らせることがブルガリの真骨頂です。

アール・デコ、アール・ヌーヴォー、ロココといった当時の宝飾界を支配していたフランス様式を離れ、ブルガリはギリシャやローマの古典主義の作品を次々に発表し世界を驚かせました。

ペンダントヘッドなどのモチーフとして多用される星座のモチーフは、ギリシャ神話がルーツです。

代表作には、ギリシャやローマのアンティーク・コインをモダンジュエリーに取り入れたコレクションがあります。

歴史的人物の肖像が描かれたコインが美しくマウントされてブルガリを象徴するものとなりました。

他には、ゴールドやシルバーの素材をコイル状に巻くという工芸技術を用いたトウボガスラインや、蛇をモチーフにしたスネークリング、括弧をモチーフにしたパレンテシなどが挙げられます。

1970年代にはニューヨークにブルガリの海外1号店を出店。

現在は世界中に150ほどの直営店があります。

フランクミュラー

1991年にフランクミュラーがスイスで設立しました。

正式なブランドになる前からフランクミュラーの時計は存在し、多くの時計マニアの間では知られていました。

フランクミュラーは10代半ばでマイクロ工学を取得したが、工学博士の道には進まず、ジュネーブの時計学校へ時計職人の道を選びました。

時計学校の3年の過程を1年で修得し、創設以来もっとも優秀な成績で卒業しました。

卒業制作では通常の3針時計に永久カレンダーを組み込み、ブレゲの再来とも呼ばれました。

天才的才能を聞きつけた時計コレクター達から、卒業と同時に注文が殺到したそうです。

フランクミュラーは、世界初の「フリー・オシレーション・トゥールビヨン・ジャンピングアワー付きのレギュレーター・タイプ文字盤」を製作し世界を驚かせました。

「リバース・トゥールビヨン・ミニッツリピーター・パーペチュアルカレンダー」、「スプリットセコンド・クロノグラフ・トゥールビヨン」など、次々に世界初の時計を発表し、「20世紀の天才時計師」と呼ばれています。

フランクミュラーはクオーツが主流の時代になって、アンティークウォッチの修復で世界的な名声を得ました。

高精度時計の製造にこだわるだけでなく、フランクミュラーの作り出す優雅な曲線、繊細なイングレーヴィングなど独創的なデザインの文字盤は時計としての位置づけでなく芸術作品として世界中から注目を集めています。

カテゴリ | 腕時計ブランド

プラダ

イタリアを代表するブランドのプラダの起源は1913年、マリオ・プラダがミラノに皮革製品店を開業しました。

世界中から質の高い革や珍しい素材を集め、イタリア職人の最高の技術で豪華なアイテムを作っていたことが評判となり、イタリア王室の御用達となりました。

マリオの孫娘のミウッチャ・プラダがオーナー兼デザイナーに就任してから、「ポコノ」という軽くて強い工業用防水生地のナイロン素材のバッグを作り出しました。

「日常を贅沢に飾る」をコンセプトとし、プラダは誰も考えなかったナイロン地を使って、軽くて汚れにくいバッグを作り、あっという間に世界中にその名が広がりました。

プラダの現代的で革新的な素材使いやデザインの斬新さは男女問わず絶大な支持を得て、伝統と歴史とのみごとなコラボレーションは世界的なブームを巻き起こしました。

プラダの定番「ポコノ」は工業用ナイロン防水生地を使ったシリーズで現在でも人気が高いです。

外見の特徴としては、メタリックカラーのシンプルな持ち手、あるいは、リングをかました持ち手などで、派手でなく、現代的な躍動感に満ちたデザインです。

プラダは黒のポコノのイメージが強いが、ライラック、ピンク、ブルーなど、ビビッドな色のものが登場し、堅実で知的なデザインは守り継がれています。

フォリフォリ

フォリフォリは、1982年、ギリシャで生まれたブランドです。

「フォリフォリ」ブランドのもと、ジュエリー、ウォッチ、バッグをはじめとするアクセサリーのデザイン製造、販売を行っているトータルファッションブランドです。

コンセプトは「アフォーダブルで、ファッショナブルなラグジュアリー」で、フォリフォリは「全ての女性は、ファッションの犠牲者になる事なく、自らのためにファッションを選び抜く存在であるべき。

」と唱え、展開しています。

フォリフォリの定番は月や星の幸運の四葉のクローバー、またハートなど、女性なら誰でも大好きなモチーフがいっぱい。

特にライトストーンの入ったハートを組み合わせたクローバーのアクセサリーは大人気。

ラグジュアリーでいながらキュートなデザインと、手頃な価格で若い女性に人気が高く、フォリフォリの腕時計はヨーロッパ、アメリカではトップモデル愛用のアイテムとしても知られています。

日本ではCanCamやJJで紹介されたり、日本ではフォリフォリの時計を矢田亜希子がドラマで使用したり、エビちゃんこと蛯原友里が愛用していることで話題になった。

派手すぎずエレガントでいながらキュートなデザインは。

手に入れたいアイテムのひとつですね。

フェンディ

フェンディ(FENDI)はイタリアを代表する世界的ファッションブランドです。

1925年アドーレ・フェンディとエドアルド・フェンディがローマに革製品店を設立しました。

創業当時、ハリウッドで流行していた毛皮の襟巻きに着目し、毛皮のコートを売り出したことで成功して以来、フェンディの毛皮はイタリア人女性のステータス・シンボルになっています。

1965年には27歳の新進デザイナー、カール・ラガーフェルドを主任デザイナーに迎え入れ、毛皮の常識を覆す冒険的で、品位や優美を保つコンサバティブさも兼ね備えた、新しいスタイルの毛皮を世に出し続けています。

ラガーフェルド考案のモノグラムは、フェンディの頭文字のFを組み合わせたダブルFで、ジャガード織地のバックにこのモノグラムを使い、大人気となりました。

近年ではフェンディのバッグ「バゲット」が大ヒット。

パンのバケットに形が似ていることから、名付けられたこのバッグは、現在では350種類以上のバリエーションがあり世界的に人気商品となっています。

2005年に発表されたバッグ「スパイバッグ(spy bag)」はバゲット以来の人気商品となりました。

またフェンディの凝ったカッティングが生み出す美しいシルエットのスーツにも定評があります。

フェラガモ

イタリアを代表するブランドのフェラガモは1927年フィレンツェで靴屋として開業しました。

稀有な靴職人であったサルヴァトーレ・フェラガモは、履き心地のよい靴を信条とし、顧客の足に触れただけでその人物の体調すらわかったとも言われています。

フェラガモはアメリカに渡り、足を痛めない靴を製作するため、大学で解剖学を修めました。

戦時中には材料不足なため、ラフィア椰子の繊維やコルクを素材に用い、独創的なデザインの靴を生み出しました。

その後、「見えない靴」や、ウェッジ・ヒールやフラットフォーム・ソールなどを生み出し、数々の特許を取得。

そのデザインは遊び心の中にも上品さや優雅さを感じさせます。

フェラガモのデザインを愛した顧客には、イングリッド・バーグマン、マリリン・モンロー、オードリー・ヘプバーン、ソフィア・ローレン、マレーネ・ディートリッヒ、ジュディ・ガーランド、カルメン・ミランダ、キャサリン・ヘプバーンなど多数のハリウッド女優が名を連ねフェラガモは「スターの靴職人」と名声を集めました。

現在、フェラガモでは靴の他に、バッグ、ウェア、シルク&アクセサリー、サングラス、香水などを扱っています。

また、「メード・イン・イタリー」にこだわり、フェラガモのライセンス契約はサングラス以外に行っていない。

バーバリー

18世紀に、トーマス・バーバリーがロンドンで洋服店を開業したのがバーバリーの始まりです。

農民が汚れを防ぐために服の上に羽織っていた上着をヒントに「ギャバジン」といわれる耐久性・防水性に優れた新素材を生み出したことがヒットのきっかけとなりました。

人類で初めて南極点に到達したアムンゼンがバーバリーを防寒具として使用したことや、第一次世界大戦時にはトレンチコートとして英国陸海軍にバーバリーが正式採用されるなど、一躍有名になりました。

世界の定番といわれる「バーバリーコートは、作家のコナン・ドイル、英元首相ウインストン・チャーチル、米元大統領ジョージ・ブッシュ、女優キャサリン・ヘプバーンら数々の著名人が愛用したことで知られています。

19世紀になって英国王室御用達となり、お馴染みのバーバリーの騎手と馬のモノグラムも英国王室から授与されています。

1996年に三陽商会の企画で日本独自のレーベルの、「バーバリー・ブルーレーベル(BURBERRY BLUE LABEL)」を発表しました。

若い女性をターゲットに、「ジャクリーン・ケネディやオードリー・ヘプバーンが20歳だったら何を選ぶか」というコンセプトでデザインされています。

バーバリーの伝統にトレンドを融合させた上品で、クラシックなスタイルを提案し、大変人気があります。

ビームス

ビームスは1976年に創業した日本のセレクトショップショップの草分け的な存在です。

ビームスは創業以来30年間もの間、セレクトショップとして業績が右肩上がりの、優良企業です。

輸入以外にも、ビームスが展開するオリジナルの衣料品や雑貨を取り扱っています。

ビームスのブランドコンセプトは「時代を敏感に冷静に見つめながら、新しいライフスタイル、生活文化が生まれる原動になる」ビームスが流行の新しい物を追うだけのセレクトショップだったとしたら、今日のビームスとしてのブランドは確立できなかったでしょう。

常にアンテナを張り巡らせて、世界中のファッションの最先端を集めていますが、ビームスの特色を維持しつつ、世界中から新しいものを導入しています。

新旧どちらのカラーが強くなりすぎても、ビームスのブランドイメージを壊すことになりかねないので、バランスよく商品を揃えていると思います。

世界中の人々とファッションを通じて時代を共有し、ファッションの喜びを共感しあうのがビームスのスタンスです。

つねに世界中の人と共感し合えるファッションを取り入れ、型にはめることなく、より良いものは積極的に取り入れるスタンスが、30年もの間、日本のファンのハートをつかんで離さないのでしょう。

ナンバーナイン

ナンバーナインは、独学で服作りを学んだ宮下貴裕が1996年に設立したブランドです。

ブランド名の由来はビートルズの曲目である「レボリューション・ナイン」に由来します。

ナンバーナインは「東京に合うもの」をデザインテーマとし、ロック調のイメージを得意とし、衣服の素材にこだわり、吸熱、畜熱素材を用いる等、新素材の開発にも余念がありません。

基本的なデザインスタイルとしては、ストリート系のアナーキーなデザインです。

ブランド開始当初のナンバーナインのデザインは現在とは異なり、初コレクションでは、ロックを意識していたわけではなく、モノトーンやレザーを使ったスタイリッシュなデザインで、周囲がロック調と認識し、その後、反応を加味する形でシフトしていったようです。

市場やマスコミの反応を敏感に取り入れられるという意味でナンバーナインは、優れたバランス感覚を持ったブランドであると感じます。

ナンバーナインのラインナップは初期のころと比べて多様化しています。

財布や時計などの小物は、他のデザイナーとコラボレーションしたものが多いです。

ナンバーナインの衣類について全般的にいえるのは、着心地の良さです。

現在ではパリコレクションにも進出し、ドメスティックブランドの代表格を担うといえるブランドにまで成長しています。

トミーフィルフィガー

アメリカ・カジュアルファッション界の牽引役のトミーフィルフィガーは、いまや、アメリカを代表する国民的ブランドといっても過言ではないと思います。

アメリカ発のブランド、トミーフィルフィガーの商品ラインは実に多種多様にわたっています。

トミーフィルフィガーは、ヤング・スポーツウェア&カジュアルウェアの印象が強いですが、実はフォーマルなものも展開されています。

ターゲット年齢層は幅広く、トミーフィルガーでは、メンズウエア、レディースウエア、キッズウエア、ガールズウエア、ジーンズ、コスメなどを扱っています。

子供服から、熟年までをカバーするラインナップとなっています。

トミーフィルフィガーは、デザイナーであるトーマス・J・ヒルフィガー氏が、1984年にコレクションを発表したことが始まりです。

トミーフィルフィガーのコンセプトは、活気あるアメリカンスタイル。

そのデザインは、アメリカのライフスタイルとアメリカ社会の多様性に大きな影響を受けているといわれています。

日本のトミーフィルフィガーでは、1992年から商品販売がスタートしましたが、2000年に伊藤忠商事が資本参加して以来、ブランドの展開が急加速しています。

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。